都心へ直通

「朝霞市」は、昭和42年に埼玉県内で27番目の市として誕生しました。

県南部に位置し、東京都練馬区と埼玉県志木市、和光市、新座市、荒川を挟んでさいたま市、戸田市と隣接する街です。

都心からは約20キロ圏にあり、東武東上線とそれに乗り入れる東京メトロ有楽町線、同副都心線をかいして東急東横線、みなとみらい線とも乗り入れ、都心はもちろん、湾岸、横浜にもダイレクトにアクセスできる、通勤通学に便利な街でもあります。

朝霞駅の不動産情報はこちら

この区域に人が住み始めたのは、なんと約3万年前の旧石器時代といいますから、驚きですよね? 市内を南北に流れる黒目川沿いの台地にはいくつかの遺跡がいまも残されています。

江戸時代前期には広大な林野を利用、将軍が鷹狩を行う場所となり、後期には新田開発が行われ、林野は畑となりました。

また、江戸と川越を結ぶ川越街道の江戸から4番目の宿場町としても栄えます。明治時代までは、荒川と並行して流れる新河岸川の水運が栄えたことでも知られています。

旧宮家の街

いまはもうありませんが、朝霞市は朝香宮家がありました。ちなみに東京都庭園美術館は、その旧朝香宮邸を利用したものです。

かつては水運でにぎわったこの地域も、明治43年の大水害をきっかけに、荒川、新河岸川などの河川で改修工事が行われることになりました。現在交通の主役は、大正3年に開通した「東武東上線」に取って変わられています。
東武東上線敷設後にこの街を大きく変えることになったのは、昭和7年の、「東京ゴルフ倶楽部」移転です。

この、日本人向けとしては我が国初めてのゴルフ場はもともと、世田谷区駒沢にあり、倶楽部の名誉総裁は皇族であった朝香宮鳩彦王が勤めていました。倶楽部移転と同時期に町制が施行されることになり、それではと倶楽部の許可のもと、町名が朝霞となったわけです。

宮家の名である「朝香」そのままでは畏れ多いとのことで、一字買えたのですね、以前の町名は膝折。今も川越街道沿いの地名として残っています。駅名もこの時一緒、朝霞となっています。