埼玉と東京を結ぶ東武東上線

東武東上線は大正3年(1914年)5月1日に前身である東上鉄道として開通しました。

当時は池袋~田面沢を結ぶ鉄道でした。

当時は国鉄が大半を占めており、池袋にも市電は通っておりませんでしたが、

立教大学や東京学芸大学(巣鴨師範学校)などが開校したことで池袋周辺にも人が集まるようになりました。

開業当時の東上線は蒸気動力のローカル線で今の池袋駅からは離れた場所にあり、

外観も今の池袋駅の東上線ホームからは想像ができないような質素なつくりでした。

 

東上線の発展

東上線区間は主に田園地帯で他の私鉄に比べると区間整備が思うように進みませんでした。

その為、現在の和光市や成増などの不動産開発が行われる前は貨物輸送用としての利用も多くありました。

戦後、日本の中でも特に空襲がひどかった東京では、深刻な食糧難になりました。

その時、埼玉県の名産でもあるサツマイモは安くて近くで手に入るということもあり、

東上線はサツマイモの買い出し客であふれたため「イモ電車」と呼ばれることも多かったそうです。

 

東上線のマーク

東武東上線 マーク

当時の東武東上線のマークは上記の様に一見するとよくわからないマークになってます。

ただ、感の良いかたはお気づきかもしれませんが、

実は点線で区切られている部分がそれぞれ漢字の「上」になっており、

「上」10個が集まって円を作っています。

つまり10の上で東上ということですね!

 

 

 

One thought on “東武東上線の歴史

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